Over Bridge

「時間のつくり方、つかい方」を考える。

ありがとう

「ありがとうと言われましたね。逆にこちらが本当にありがとうなのに。」

サンプル商品を実際に試着してもらった後の帰り道、素直に口にでた言葉だった。

 

僕の中で大切にしているプロジェクトが始動した。

それは片麻痺の人の生活の悩み、そして工夫されていることを教えてもらい、その悩みを解決するためのバッグを作るということ。

 

今回はSさんという片麻痺の方と一緒に、僕たちでどんな人もやったことのない、ファッションとして気軽に人との接触をしてみたいと思えて、機能として体のハンデを出来る限り吸収するウエストバッグを作ろうというものだった。

 

片麻痺というと、どんな障がいなんだろうと思われる方は多いと思う。

僕も最初に片麻痺と聞いたとき、果たしてどのようなものなのか、イメージすることが難しかった。

 

例えば駅や通りを歩いているとき、片方の半身が麻痺していて、もう片方の手と足で移動されている方。杖を片手にびっこをひいている方などの多くが片麻痺と呼ばれる障がいをもっている。片方の手と足が程度の大小はあれ自由が利かず、そこから生まれる実生活の問題がたくさんあり、そのひとつひとつが彼ら独自の工夫によって何とか克服しようとするものだった。

 

「ウエストバッグを使っているが、両手で留め具を使わないといけない。

普段は家族にやってもらっていますし、自分でやるとなると30分くらいかかってしまう」こんな風にと実際に着用しようとするSさん。片手で留め具の片側をもち、同じ手でもう一つの留め具を持ち、合わせようとする。

ガチャガチャとなる金属音と真剣に何度も座ったままの状態で留め具を見つめるSさん。そしていざ付けたとしても、ベルト部分が完全に体にフィットしていないのでファスナーをあけようとするとバッグの本体部分までも動いてしまう。

 

バッグを付けるだけでこうなのだ。そしてバッグは自分が移動するときに使うモノを入れる道具。移動するために必要となるバッグがそもそも使いづらい。

だからこそ外出をしないようになったと仰る。

 

障がいをもち、ハンデを克服するためにリハビリを何ヶ月もトレーナーと行う。せっかく自分で体をコントロールできるようになったのに、実生活では今まで自由に使えていたものの使用で悩み、自分の思い通りにいかない。それでも彼らが使っているものは、自分たちで思い思いに工夫されていた。Sさんの話とともに、それはもっと自分で自分の生活を成り立たせるぞっていう思いにみえた。

 

この人の、そして同様の悩みを持っている人がもっと気軽に外出を楽しめるものができれば。モノ作りの会社として、悩みを一つ一つ教えてもらいながら作ってみたい。自分でいろんな困難を超えようとしている人が少しでも喜んでくれるものができないか。そしてもっと気軽に外に出かけて自分の生活をもっともっと楽しんでもらえたら。

 

自分たちの作る物で、誰か喜ぶ人がいてその人の生活がかわるかもしれない。今までなかったもので、僕たちではどうやって作っていいかも販売していいかもわからない、だけどこのままじゃいけない。だからやってみる。

 

半年の開発期間に30以上のパーツを試し、何度も何度も着脱と仕様を試し、ようやく良いかもと思ったものをSさんにモニタリングしてもらいフィードバックをいただく。

最初は大丈夫かなと思ったサンプルも、徐々にSさんの要望にあい、

その度にフィードバックを聞くのがうれしくて、初めて挑戦することも、

喜ぶ姿があると思えば、やってやるって思いに変わる。

 

Sさんの生活はサンプルの使用とともに、自分の家から外に歩けるようになり、そしてバスに乗って移動するまで広がった。

 

 

「これじゃないと駄目なんです。作ってくれてありがとう」

 

 

協力頂いた大手パーツメーカーや福祉研究所の方の大きなサポートがあった。

この「ありがとう」の言葉にはSさんの苦難や、

皆で挑戦した今までの開発のひとつひとつの困難が全部含まれた「有難う」だった。

 

難しいことがあるから有難うという言葉がある。そして一番難しいことを挑戦していた人に、このありがとうはあるんだと思う。

 

とはいってもいよいよスタート地点。

ここからだ。